オーストリアの至宝ベーゼンドルファーは、1828年に創業された世界で最も歴史のあるピアノメーカーのひとつである。
創業者イグナーツ・ベーゼンドルファーは、当時ウィーンにおいて盛んであった音楽文化に触発され、自身の理想とするピアノの音を追い求めて製作を開始した。その後、数々の名ピアニストたちに愛用されることとなり、ベーゼンドルファーの名は世界に広まった。
ベーゼンドルファーの特徴は、その独特の音色にある。
透明感と深みを兼ね備え、まるで人の声のような響きを持つと評される。
さらに、一般的な88鍵盤に加え、97鍵盤を備えた特別モデルも有名であり、低音域の豊かさは他のピアノには見られない魅力である。
ピアノの巨匠たちは、ベーゼンドルファーを通じて音楽の新たな表現を切り拓いてきた。その伝統は今日まで受け継がれ、職人たちの精緻な技術と音楽への情熱が一台一台に込められている。
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語り手(肩書は当時)
マンフレッド・アイヒンガー(ベーゼンドルファー社長)
吉澤直記(日本ベーゼンドルファー代表取締役社長)
宇都宮誠一(ピアノ調律センター社長)
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宇都宮 ベーゼンドルファーといえばウィーンの伝統を守り続けているピアノのひとつの最高峰ですね。あの音色にはすごく独自性があって、しかもどんな作品を弾いてもその音楽の奥深さを引き出してくれるように思います。印象的なのはやはり、あの低音の響きですね。心に直接響いてくるような力があります。
吉澤 まさにおっしゃるとおりです。特に低音部の響きは、ベーゼンドルファーならではのものでしょう。澄んだ高音と豊かな中音域が合わさって、ひとつの完成された響きを生み出していると思います。ベーゼンドルファーは単に楽器としてではなく、音楽そのものを表現する媒体だと言えるでしょう。
アイヒンガー ベーゼンドルファーのピアノは、私たちが守り続けてきた伝統と、そして革新の結晶です。ひとつひとつの楽器に、ウィーンの精神と職人の魂が込められています。その音は単に美しいだけでなく、演奏者と聴衆の心を結びつける特別な力を持っています。
ベーゼンドルファーの至宝
宇都宮 ピアノの歴史の中でも、ベーゼンドルファーは常に特別な存在として語られますね。その音は一度聴いたら忘れられない印象を与えます。
吉澤 そうですね。私自身も初めてベーゼンドルファーのピアノに触れたとき、その響きに圧倒されました。まるでオーケストラ全体がそこに存在するような広がりが
ありました。特に低音は地鳴りのようでいて、同時にとても柔らかい。まさに唯一無二の音色だと思います。
アイヒンガー そのとおりです。ベーゼンドルファーは単なる楽器ではなく、音楽を創造するパートナーなのです。我々がつくるのは、演奏家とともに音楽を生み出し、
感情を伝えるための存在です。だからこそ職人たちは、常に最高の音を求めて、伝統と革新を融合させてきました。
宇都宮 日本でもベーゼンドルファーのファンは多いですよね。特にプロの演奏家にとって、作品の解釈をより深めるためのかけがえのない楽器になっていると思いま
す。
吉澤 はい。演奏家の方々は、ベーゼンドルファーを通して自分の音楽をさらに広げていけるとおっしゃいます。それほど、ピアノと演奏家の関係が密接になるのです。
そして聴衆にとっても、その響きは他には得られない感動を与えてくれると思います。
宇都宮 ベーゼンドルファーはやはり、職人技の結晶という印象がありますね。単にピアノという楽器を超えて、音楽を奏でるための芸術作品のようです。
吉澤 おっしゃる通りです。ひとつのピアノが完成するまでには、数年にわたる工程が必要です。木材の選定から始まり、乾燥、組み立て、調整など、すべてに高度な
技術と時間が注がれています。そしてその過程のすべてにおいて、妥協が一切ない。だからこそ、あの唯一無二の響きが生まれるのです。
アイヒンガー 私たちが大切にしているのは、「時間」なのです。木は生きています。十分に乾燥させ、熟成させることで、初めて真の音を奏でることができる。そこ
で急いでしまっては、深みのある響きは決して得られません。だから私たちは、どんなに効率を求められる時代でも、この伝統を守り続けているのです。
宇都宮 まさに「音楽の伝統」を体現しているということですね。その姿勢が、演奏家や聴衆に強く響いているのだと思います。
吉澤 また、97鍵盤モデルの存在もベーゼンドルファーならではの魅力です。低音部が拡張されることで、オーケストラのような響きを一台で実現できます。演奏家に
とっては新たな表現の可能性が広がるわけです。
アイヒンガー 97鍵盤は、私たちが音楽の未来に向けて挑戦している証です。伝統を守るだけでなく、新しい響きを求め続ける姿勢こそ、ベーゼンドルファーの精神なのです。
宇都宮 その低音域の響きは、聴く人の心に直接語りかけるようですね。音楽の土台をしっかりと支えながら、同時に独自の個性を放っていると感じます。
吉澤 まさにその通りです。演奏家の方々も「ベーゼンドルファーを弾くと、自分の内面の声がそのまま音になって表れるようだ」とよくおっしゃいます。それほどまでに演奏者と楽器が一体化するのです。特にリストやブラームスといった作曲家の作品においては、ベーゼンドルファーの真価が発揮されますね。
アイヒンガー 我々が目指しているのは、単なる「ピアノ」を超えた存在です。音楽を通じて人の心に触れ、感情を分かち合うこと。それこそが私たちの使命だと思っています。
そのために必要なのは、伝統を受け継ぐ職人たちの技術と、常に挑戦を続ける精神です。
宇都宮 なるほど。まさに「音楽の伝道師」としての役割を果たしているわけですね。そこに、ベーゼンドルファーの特別な価値があるのだと感じます。
吉澤 また、ベーゼンドルファーは楽器そのものの完成度だけでなく、歴史的背景や文化との結びつきによっても特別な存在となっています。ウィーンという街の音楽的土壌があったからこそ、このピアノは育まれたのです。
アイヒンガー ええ、ウィーンの精神はベーゼンドルファーに深く息づいています。街の空気、人々の感性、伝統音楽。それらすべてが私たちの楽器に宿っているのです。だからこそ、ベーゼンドルファーの音は「ウィーンの声」とも呼ばれるのでしょう。
宇都宮 確かに、音色を聴いていると、その土地の歴史や文化が立ち上がってくるようです。楽器を超えて、文化を体験しているような感覚がありますね。
吉澤 その意味でも、ベーゼンドルファーは単なるピアノではなく、「文化遺産」としての価値を持っていると言えます。そしてこれからも、その価値を次世代へと受け継いでいく責任があると考えています。
(雑誌:ショパンより抜粋)